母の懺悔を、私が覚えていなかったこと

今年の3月に、母が亡くなりました。
亡くなる半年ほど前、母がこんなことを言いました。

「ゆきはいつも優しいね。
私はそんなにいいお母さんじゃなかったと思うの。
いつか、ひどいことを言ったのよ。
あなたはそれを責めないけど、私はずっと後悔しているの」

私は「なあに? なんて言ったの?」と聞きました。
すると母は少し考えてから、首を振りました。

「……言えない。だって、すごくひどいことなんだもの」

その様子を見て、私はこう返しました。

「私が覚えていないんだから、もう忘れていいのよ。
ひどいことを言われた記憶は、たしかにいくつかある気もするけど、
喧嘩しているときはお互いさまよね。
どれも、娘を心から憎んで言った言葉じゃないって、わかってるから。
だから、大丈夫よ」

母は弱々しく笑って、「そう……」と言いました。

もっと吐き出したかったのかもしれない。
もっと謝りたかったのかもしれない。
いっそ責められたら、楽だったのかもしれない。

でも、その本心を、私は深くは聞かなかった。
聞けなかった、と言ったほうが近いかもしれません。

余命宣告を段階的に受け、
母との別れが近づいていることは、頭では理解していました。
病状も進んでいる。
母は、間もなく死ぬ。

それでも私は、その現実を受け入れることを、拒んでいたのだと思います。

身体が動かなくなった母が
「どうして急に、こんな身体になっちゃったんだろう……」と言ったときも、
「寂しい」と言ったときも、
私は
「お母さんは、まだ何年も生きると思っているからね」
と、自分の希望を押し付けるような言葉をかけていました。

今思えば、
死に向かう母に、ちゃんと向き合っていなかったのだと思います。

だから母の懺悔のような言葉を、
私は真面目に受け取らなかった。


あれから間もなく亡くなった母のことを思うと、
もっとその言葉や想いに、向き合ってあげればよかったのではないかと、
何度も繰り返し考えています。

死が目前の人に、どう接するのがよかったのか。
それは、母の問題というより、
大切な人の死を受け入れられなかった私自身の問題として、
これからも考えていくのだと思います。

母の懺悔から、ひとつ心に刻んだことがあります。
大切な人を傷つけたと思ったら、すぐに謝ること。
死の間際に思い出す後悔は、きっととても苦しいものだから。

投稿者 yuki

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